導入液とたまごスープ


 一緒に住むまではわからなかったことがある。
 これも、その一つ。

 「なんだこれ」

 篤は、テーブルの上に置いてあった瓶を手に取った。
 いつもはないものである。それに、自分のものでもない。

 「郁のか?」

 自分のものではない場合、とりあえず相手のものだと疑ってみるのは
 この夫婦だけではないだろう。


 今日は、篤は休み。郁は、仕事に向かっている。瓶は、部屋の掃除中に見つけたものだ。
 
 「化粧品ぽかったけどな」

 男でも、家には母と妹という二人の女性がいる。母親の化粧品は小さな頃から見慣れているし
 年頃になってきた妹がメイクをするのだって見ている。そこまで野暮ではない。
 
 「郁が帰ったら訊いてみるか」

 自分の記憶にないものは、とりあえず触らない・動かさない。それに、最近は二人とも忙しくて
 料理と洗濯以外の家の事を中々やっていなかった。いい機会だ、やることは山ほどある。
 篤は、掃除を再会した。
 
 

 「あー、これ!どこにいったかと思ってたんだ!」

 食事中に、瓶を握り締めて歓喜の声を上げているのは、篤のかわいい部下であり、かわいい妻でもある
 堂上郁。旧姓は笠原だが、篤と結婚して堂上になった。

 「テーブルの上にあった。本来、寝室にあるものだろ」

 どうやったらこんなところまで移動してくるんだ。その言葉に郁は首をひねり
 どうやってもってきたんだろうね?と返した。どうやら覚えていないようだ。
 郁だからな、と小さくつぶやくと、向かいの席でどういう意味よ!と抗議が飛んできたが
 そのままだろうが、とだけ返して夕食のたまごスープをすすった。


 男女の仲には、一緒に住むようにならなければわからないようなことが、たくさんあるのだ。





 篤 ところで、あの瓶の中身はなんだったんだ?
 郁 導入液。限定物で、結構な値段するんだってー。
 篤 導入液…?
 郁 化粧水と乳液の後に、お肌に叩き込むもの。最後の仕上げみたいなもんかな。


 作中にこの会話を入れたかったのに…!!(泣)