‐ピンポーン

  静かな家の中に、チャイム音が鳴り響く。
  「はーい」
  ドアを開けると、一人の青年が立っていた。
  「いらっしゃい、どうぞ」
  「おじゃまします」
  家の中に招き入れられた青年、名を信自という。
  柔らかそうなこげ茶の髪を首筋あたりまで伸ばしている。
  「しかし、また突然だったな」
  対して、信自を家の中に招き入れた青年…この家の主の名は彰(しょう)。
  灰色に少し銀が混じった髪を腰まで伸ばし、それをつむじの辺りで括っている。
  俗に言う、ポニーテールである。
  「あー、ちょっとな…」
  あさっての方向を向いて言葉を濁す信自。それを面白そうな目で見やりながら、
  彰は信自を裏庭にある日当たりのいいテラスへ案内した。
  「ちょっと待っててな」
  そう言うと、彼は部屋の奥に入っていく。しばらくすると、茶器を持った少年を従えて戻ってきた。
  少年の方は、何故か不機嫌そうにぶすくれている。
  「や、おまたせー」
  そして、少年とは逆に満面の笑みの親友。何があったのだろう…。
  とりあえず、あいさつでもしてみようか。
  「こんにちは」
  できる限りの笑顔で声をかけた。もしかしたら、顔が引きつっているかもしれない。
  いや、気のせいだ。そういうことにしておこう。
  「こんにちは」
  少年の方が挨拶を返してくる。よく見ると、なかなか可愛い顔をしている。
  しこし長めの栗色の髪は細かく、風に揺れてふわふわと動いている。
  女の子だろうか…?
  「おいおい、弟とそんなに見詰め合われても困るんだが?」
  「弟…?」
  「そ、弟!男にしちゃ可愛いだろ?女の子みた…」
  とたんに、下の方で、ドカという音が聞こえた。なんだろうと見てみると
  弟が兄の足を思いっきり踏みつけている。なるほど、妙な音はこれか。
  「月下暁(つきしたあき)といいます。いつも、うちのバカ兄貴がお世話になってます」
  テーブルの上に茶器一式を置いて軽い自己紹介をし、ごゆっくりと言い残して
  また奥に戻っていった。
  「お前、弟なんていたんだな…」
  信自は暁の消えた方を見つつ、テラスの床に座り込んで弟に踏まれた足をさすっている兄に言った。
 「あぁ、俺も知ったのは最近なんだけどね」
 「そういえば、子どもの頃のお前の面影があるような」
 「そんなに似てんの?」
 「お前も結構可愛かったからなぁ。おかげでモテモテだったろ」
 「鬱陶しかったけどね」
 そういう言葉を普通に言うか…。
 なるほど、こいつは子どもの頃こんなこと考えていたのか。
 しかも、周囲に笑顔を振りまきながら。
 「…お前、実は腹黒いだろ」
 「え?やだなぁ、そんなわけないだろー」
 ぱたぱたと手を振りながら、笑顔で否定する彰。絶対うそだと、ここの中で叫ぶ信自である。
 「あ、昔のことと言えばさぁ」
 彰が、握った右手を左の手のひらの上に軽くのせる。ポン、と音がしそうだ。
 「お前さん、突然いなくなった事があったよな」
 「あー…、あの事ね…」
 「あの時さ、なんて言ってたっけ?確か…」
 「鏡の中から人が出てきた、だろ?」
 「それそれ。初めは嘘かと思ったんだよなぁ」
 鏡の中から人が出てくる…。ありえない話である。彰も初めは信じなかった。
 しかし…。


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